Hello! Mr.Simplism

複雑すぎる世の中をシンプルに生きるためのアイディア

複雑すぎる世の中をシンプルに生きる、僕のアイディア

新型コロナ感染拡大の何がつらいって、子を思う親としてのやるせなさよ。

新型コロナの感染拡大で経済的に苦しくなっているとか、医療体制が満足に機能しなくなっているとか、感染したことで重い後遺症に悩んだり近しい方が亡くなっているとか、連日のニュースで嫌というほど見聞きしていることではなく、もっと身近でもっと個人的なことについて思ったことを書きます。

僕自身も新型コロナの蔓延で様々な不自由を強いられ、個人的な経済的ダメージはまだそれほど負ってはいないけど、会社の業績にはやや影響が出てきているし、テレワークだ何だと仕事のやり方もがらりと変わってしまったことで受けたストレスはそれなりにあります。ただそれ以上にストレスというか、心に重く響いているのは、子供がいろんな犠牲を強いられている姿を見ること。

ちょうどコロナの問題が大きくなり始めた去年4月。本来なら生まれたばかりの弟も含めた家族4人で、新1年生になった娘の入学式に行く予定でした。結局は緊急事態宣言の発出に伴い、参加できるのは生徒と家族1名のみ。仕事があるからなかなか学校行事に参加できない僕が家族代表で入学式に行ってきました。その後、今に至るまで学校行事と呼ばれるものはほとんどありませんが。

入学式も感染防止のため非常に簡素な式となり、そこから約2か月の休校。本来なら新しい友達と新しい生活を始めるはずだったのに、クラスメイトの顔も覚えないまま自宅学習の日々。6月ころから徐々に緩和されようやく学校生活がスタートかと思えば、やはりコロナの影はそこかしこに転がっており、遠足は中止、運動会も中止、夏休みのプールもラジオ体操も秋の音楽会もなし、給食は全員前を向いて黙って食べろ、できることなら放課後と休日は友達と遊ばずに家にいろ、週末もなるべく外出するな、大声でしゃべるな、マスクとアルコールは忘れずに。楽しいはずがないでしょう。

今日はパラリンピックの開会式。うちの娘も大会期間中に久々の学校行事としてパラリンピックを見に行く予定でしたが、今日学校からメールで観戦中止のお知らせが届きました。「怖くて行きたくない気持ちもあるけど、ちょっと楽しみ」と言っていた娘はとても残念がっていました。

依然として感染者が減らないどころか増え続けている状況で子供をパラリンピック観戦に行かせるのは、たとえそれが教育の一環だとしても、多くの批判もあるようですし、僕自身も行かせたくないという気持ちがあったのも確かです。理屈ではそうなんだけど、悲しんでいる子供の顔を見る親の気持ちとしては、やはり行かせてあげたかったという思いもありました。

そうやって日々「新型コロナのせいだから」といって、本来であれば自由でのびのびといろいろなことを体験していくであろう時期に、子供にたくさんのことを諦めさせる親の気持ちもまた非常につらいものがあります。行動の自粛を前提として子供を楽しませる工夫もしていますが、やはりそれには限界があります。「たくさんの人が経済的・身体的に苦痛を強いられている中、なにを甘っちょろいことを」と思われるかもしれませんが、そんなことは言われなくてもわかっていますよ。分かっているからこそ、やり場のないこの気持ちをどこにぶつければいいのかわからなくて、こうしてブログに書いているんです。

うちの娘に限った話ではなく、全国の子供たちがやはり同じようにいろんなことを諦めさせられています。特に多感な中学生や高校生、大人の入り口がようやく見えてきた中で最後のモラトリアムを謳歌するであろう大学生の中には、この状況に絶望したか自殺が増えていると聞きます。我が子の自殺など、親にとってはこれ以上ないほどの苦痛でしょう。想像したくもありません。

まだまだ新型コロナの影響が落ち着かないどころか日増しに悪化しているように思います。新型コロナウィルスは変異を続け、子供の感染者も日を追うごとに増え続けています。今後は、今まで以上に子供の生活を制限し続けなければならないと思うと心が痛みます。病床の確保もすでに困難な状況となり、万が一感染・重症化しても治療してもらえる可能性も日に日に少なくなっているようです。もし私や妻が感染して命を落とすようなことがあった場合、残された子供の気持ちを思うと、夜、布団の中で叫びだしたくなります。

一日も早い新型コロナの収束を心から願うばかりです。私が願う収束とは、新規感染者が減り罹患した方々が完治することだけでなく、子供の暮らしが新型コロナの出現以前の状態に戻ることです。そんな日が来るのはいつになるのでしょうか。

 

少年時代

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